フランスの今年の夏は例年にない暑さで避暑地から逃げ帰るほどのようだそうです。

2010/08/30

ご無沙汰しております。

そうです、夏の最初のところでは南仏のフレジュスというところにゆきました。ここはカンヌから南にくだったところです。とても考えられないくらいに暑くなり逃げ出してきました。 昼間は 大型のスーパーにいったりして暑さをしのぐという、あきれるような暑さでした。 

南仏にゆくまえに スイスのレマン湖の湖畔に泊まりましたが 景色もよく またレマン湖の魚のフライがおいしくて 楽しい思いをしたあとに 南仏の猛暑をうけてびっくりでした。

その後にシャルトルの近くの別荘にいっていました。
実にのんびりしたところで近所の農家から 野菜をもらったり、 にわとりの産みたてのたまごをもらったりで楽しみました。庭のむこうには 林と 小川があり、さえぎるような家はありません。 

庭に いろんな 果物、 野菜をうえたりしています。このあたりでは 黒豚みたいな美味しい肉があり、それをリエットにしています。名物なんでしょうね、 美味しいです。近くの村には手づくりのリエット職人がいて 毎年にパリの農業展示会で 優勝しています。そこのお店のは美味しいです。

近くの中世の街の写真で 先日に散歩してきました。

Ozawa

               


2010/08/30

おはようございます。

今、朝6時ですがもう みんみんゼミがうるさくないています。
いただいたメールを読むと南仏ののんびりした風景が浮かびますね。
ぜひ伺ってみたいと思います。

ここ数年HPに載せるのに奈良時代・平安時代について調べてきて平将門まできたところでした。

最近板橋区下赤塚附近にいく機会があり、赤塚城址公園があるということで見学に行き周辺の赤塚・徳丸・常盤台・上板橋・高島平・江古田・沼袋・石神井公園などをいろいろ調べると興味深い話が沢山出てきました。

このあたりには平安から鎌倉時代にかけて勢力をもった豊島氏(としま)という豪族の本拠地(東京都の北西部の板橋区・豊島区・練馬区・杉並区・埼玉県南部など)で、下赤塚(東武東上線で池袋から8駅目)石神井公園(西武池袋線で池袋から9駅目)などに城を持っていた。

江戸城をつくった太田道灌と江古田・沼袋原の戦い(東京都中野区江古田・沼袋付近。江古田は西武池袋線で池袋から3駅目。沼袋は西武新宿線で新宿から5駅目。目白から西武池袋線と西武新宿線のあいだをはしる目白通りを西にすすみ山手通りを過ぎ新青梅街道に入りすぐの哲学堂公園のわきに古戦場がある。)と戦って敗れ、石神井城のあった石神井公園(西武池袋線)の三宝寺池に身を投げた。平将門はその一族であったなど。

照姫伝説としてupしました。

東京の西北部のローカルな歴史ですが日本の歴史を再現することになって興味が尽きないここ一年でした。

ではまた。

Hashimoto


2010/08/31

懐かしいHPを一部拝見いたしました。ローカルの歴史というものはおもしろいものですね、 大きな歴史のうねりのなかでは まったく忘れ去られたことが たくさんにあると思います。

ぼくのほうは戦前の上海などを興味深くみています。

とくに李香蘭さんの中国語の歌をずいぶんとコレクションしました、すでに40曲ぐらいはあると思います。

戦前の上海時代というのは 特殊な時代で 蒋介石、 共産党、 海外勢力、租界、マフィア、ロシア、などがいりみだれておりある種の 自由がありました。 たとえば 服部良一という音楽家は陸軍のスパイ活動の一環である政策でひっぱりだされて上海に派遣されて、音楽会をたくさん開催していたのですが その音楽の能力にひかれて中国の有能な音楽家、映画監督などが 彼のもとで 私塾のような場所を展開していました。
そこでは中国的なもの 日本的なもの、西欧の文化などが 実に 融合して興味ある音楽をうみだし、今日の中国の文化の土台になっています。

当時の最大のマフィアは フランス租界にいました、フランスの外交官とマフィアが結託していたのです。

そんななかにリコウランはいたのです、彼女が上海時代の最後におおきな劇場で3日間公演をしましたがそれは 服部さんの中国人の仲間が実際にもりたてたものです。 つまり恩返しなのですね。誰もが日本敗戦になると知っていたときです。(二ヶ月後に日本は敗戦)などなど、しかし インターネットはすごいですね いろいろ発見ができます。

Ozawa

もとへ。